フィルハーモニック・コーラス ブログ

世田谷区で活動する20~30代中心の混声合唱団 フィルハーモニック・コーラス

スピリトーゾ勉強会

 フィル唱広報部のゆうです。
 広報部では、『スピリトーゾ』と題する団内誌を楽曲解説資料として随時配布してきました。しかし、紙を配って読んでもらうだけではなかなか伝えきれないところもあり、また団員から様々な質問を受けることもありましたので、記事の内容について深めていく機会として勉強会を企画することにいたしました。
 団員に呼び掛けて、希望する団員の都合を聞いた上で勉強会の日程を決めました。希望者の予定や場所の都合などで、参加者が一堂に会することはできなかったので、何回かに分けて行いました。

 参加者が違うと、勉強会の進み方も違います。
 あるときには、事前に「最後の審判」のことがいまだによく分からないという質問を受けたので、図書館で画集を借りてみんなに紹介しながら進行していきました。
 またあるときは、脱線が何度かあり、なぜか『論語』の中に出てくる虎と孔子の話になったこともありました(『レクイエム』の歌詞の中で、地獄を表すものとして「獅子」が出てくるのです)。
 そして、曲についてあれこれ話しているうちに、『レクイエム』が伝えようとするものは何か、といった話題に広がっていきました。キリスト教の死生観と日本の伝統的な死生観を比較する話題になったときには、参加者から「子どもの頃、『自分が死んでしまった後、世界はそのまま何事もなく続いていくのかな』ということを考えていた」という話が出てきました。そのとき私は、こういう素朴な感情が『レクイエム』の根底にあるのかなと思いました。『レクイエム』の歌詞が決まっていったのは中世のヨーロッパ。当時は、十字軍遠征のために、多くの人が中東の方に出征してイスラーム世界の国々の兵士と戦争をしていた時代です。また、14世紀にはペストという感染症が流行し、人口が激減するということもありました。モーツァルトが『レクイエム』を作曲した18世紀末も、まだ細菌やウィルスなどは発見されていない時代でしたので、人は現代よりも簡単に死んだ時代です。そういう時代の中で、「自分がいなくなる」、「大切な人がいなくなる」というおそれを抱いた人々は、「死後に救われること」を真剣に願ったのだと思います。その感情は、科学技術が進歩した21世紀の私たちにもどこかで残っているのでしょう。
 こういうふうに知識を共有するだけでなく、音楽が表現しようとするものが何なのかを議論したり、自分たちの歌にどう生かしていくかを考えたりするよい機会となりました。演奏会までの残り少ない時間、勉強会参加者みんなで考えたことを活かせるように、1回1回の練習を大切にしていきたいです。

 フィルハーモニック・コーラス 第3回演奏会特設ページはこちら
 http://www.ph-ch.com/sp/index.html
 チケットはまだまだ申込受付中です。

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